「人食いバクテリア」とその周辺

「人食いバクテリア」感染から生還した顛末を深すぎず浅すぎず綴ります。

 やはり夜の救急はやめたほうがいい、のだった 

やはり夜の救急はやめたほうがいい、のだった 

 

これまで誤審、医療ミスでいかほどの患者側が裁判で勝訴したのだろうか。

 私の友だちは、わたしの話を聞くにつけ、それは訴えた方がいいと言うけれど、

今なけなしの自分のエネルギーをそういう方向に向けるよりも、もっと大切なことがあるはず、と思って、行動にでていない。

 けれど、こういう一例は、発信するということだけでも意味があると思うので、書いておこうと思う。何についてか。

それは、

 夜の救急はやめたほうがいい。

ということ。

 

 7月下旬からなんとなく、どこというわけでなしに、具合が悪かった。疲れやすくて出かけるのが億劫、という日々が数日続いていた。「疲れる」というのはもともと「取り憑かれる」がことばの由来らしいのだが、家族でイベントに出かけたりして楽しい時間を過ごすも、いつにも増して何かに「憑かれ」て体が重い日々だった。

 

 その数日後の7月31日、39度の高熱が出た。悪い風邪をひいたかなと思ったし、安易に救急車をよぶべきでない――これについては後にもう少し詳しく書こうと思う――が、息するのもつらい具合の悪さで、ついに真夜中になって我慢できず救急車を呼んだ。夫は寝ている娘をおいていくわけにはいかない。症状といえば熱が高いだけで付き添いがいない私を、どうやら受け入れたがらない病院がいくつもあるらしく、行き先が決まるまで1時間近く自宅前で待機させられた。

 

 搬送先はさいたま赤十字病院。どの医者も看護師も他の患者の手当てに忙しそうだった。寒さに震え、辛すぎて声もでない私はしばらく布一枚被せられただけで放っておかれた。周囲の急患たちには付き添いがいて、それは瀕死の体にある私にとってものすごく羨ましかった。しかし私は小さな子の母。しかたあるまい、ここは耐えねば。

 どれほど待ったか、インフルエンザの検査をすると言った看護師も、陰性だと検査結果を伝えた医者も明らかに20代の顔つきだった。彼らの主張によれば、インフルじゃないし、血液検査で異常もない。今ここでできることは何もないので、一人で帰るようにということだった。抵抗する間もなく、治療の部屋から外へ追い出され、私は朦朧としながらタクシーに乗った。

 この段階で、医者から問診され、血液培養検査をしてもらい適切な治療を受けていれば、その後、三途の川をわたりかけることも、傷痍兵のような傷をからだにもつこともなかったはずだ。なぜなら、さいたま赤十字病院には、「人食いバクテリア感染症=壊死性筋膜炎の治療実績が過去何十件もあったから。

 漫画『ブラックジャックによろしく』で描かれているように、夜の急患は、専門に関係なく新米医師たちが当直で救急外来にあたるため、適切な診断など期待してはならないのだ。夜の救急まで自分でねばるくらいなら、夕方5時までにタクシーなりで救急外来に行くべき。

 当直にあたる新米医師どもよ、自分が取り込まれる医療システムの脆弱さに失望する前に、自分の診断がいかに頼りないか、一度は悔い改めよ。